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東京地方裁判所 昭和33年(モ)8305号 判決 1960年8月24日

申立人(被申請人) 国

被申立人(申請人) 染谷金重 外二名

主文

当裁判所が、昭和三二年(ヨ)第四〇八八号賃金支払仮処分事件につき、同年一二月一九日にした仮処分決定のうち、同事件の申請人(本件被申立人)染谷金重、同塚越京介、同山下正二に関する部分を取り消す。

申立費用は、被申立人らの連帯負担とする。

この判決は、かりに執行することができる。

事実

申立人代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、その申立の理由として、次のとおり述べた。

被申立人らは、藤吉一樹とともに昭和三二年一一月五日当裁判所に、申立人を被申請人として、賃金支払の仮処分を申請した。その申請の理由中被申立人らに関する部分の要旨は、「被申立人らは、いずれも駐留軍労務者として申立人にやとわれ、羽田飛行場における米軍第一五〇三輸送部隊の施設において、被申立人染谷は昭和二五年一一月一日から自動車運転手として、同塚越は昭和二六年一〇月一一日から、同山下は同年三月一日からともに特殊警備員として、それぞれ労務に従事していたところ、駐留軍の保安上に危険があるとの理由により、申立人の機関である東京都港渉外労務管理事務所長から、昭和二九年四月一日日米労務基本契約附属協定第六九号第三条の規定に基き出勤停止の意思表示を、ついで、同年七月七日労働基準法第二〇条第一項本文後段の規定にもとずき三〇日分の平均賃金の提供を伴う即時解雇の意思表示をうけた。しかしながら、右出勤停止および解雇の意思表示は、被申立人らになんら軍の保安に対する危険の事実はないのに、そのような理由をかまえ、全駐留軍労働組合東京地方本部羽田飛行場支部の組合員として活発な組合活動をしていた被申立人らを職場から排除しようとする米軍の要求に応じてなされたものであつて、不当労働行為にあたるほか、駐留軍労務者に関するいわゆる保安基準を定めた前記附属協定の第一条の規定の適用を誤り、かつまた信義則に違反するのみならず、憲法第一四条、第一九条および第二一条ならびに労働基準法第三条の各規定に抵触するものとして無効である。したがつて、被申立人らは、申立人に対し、前記出勤停止期間中に申立人から支払をうけるはずであつた賃金中申立人より休業手当として支払われた金額を差し引いた残金および前記解雇の意思表示がなされた昭和二九年七月七日以降本案判決が確定するまでの間における賃金の仮払を求める。」というにあつた。当裁判所は、右申請にかかる昭和三二年(ヨ)第四〇八八号賃金支払仮処分事件につき、申請の一部を認容すべきものとして、同年一二月一九日別紙のような仮処分決定をした。申立人は右仮処分決定にしたがい、被申立人らに対し仮処分決定に示された金員を支払つて来た。

しかしながら右仮処分決定後被申立人らにつき次のような事情変更が生じたので、同決定中被申立人らに関する部分は取り消されるべきものである。

すなわち、

前記仮処分決定のなされた後米軍より、昭和三二年九月一八日日米両国政府間に締結され、同年一〇月一日から効力を発生したいわゆる基本労務契約に定めるところにしたがつて申立人に対し、東京国際空港(羽田飛行場)における軍施設の機能を停止したことに伴い駐留車労務者の人員を削減する必要があるとして、昭和三三年二月一五日、当時同施設で現実に働いていた特殊警備員のうち二九名を同年四月一一日かぎり解雇すべき旨の要求が、ついで同年五月一日、当時同施設で現実に働いていた自動車運転手のうち三四名を同年六月一五日かぎり解雇すべき旨の要求がなされた。この要求により申立人が駐留軍労務者の人員整理の実施手続を規定した前記基本労務契約の細目書I、H節にしたがつて人員整理の対象となるべき者を選んだところ、被申立人らは、もしかりに申立人が昭和二九年七月七日被申立人らに対してした解雇の意思表示が無効であつて、当時依然として申立人に雇傭される駐留軍労務者として従前の職にあるとするならば、人員整理の該当者に含まれること、詳しくいえば、被申立人塚越は整理の対象となるべき特殊警備員二九名の中で一五位と一六位の間の順位に、同山下は同じく一六位と一七位の間の順位に、同染谷は整理の対象となるべき自動車運転手三四名の中で二五位と二六位との間の順位にあたり、いずれも人員整理による解雇を免れないことがわかつたのである。

そこで申立人は、予備的に右人員整理のため、昭和三三年三月五日附書面をもつて被申立人塚越、同山下に対し、同年四月一一日かぎり解雇する旨の予告解雇の意思表示を、同年五月一三日附書面をもつて被申立人染谷に対し、同年六月一五日かぎり解雇する旨の予告解雇の意思表示を発し、右各意思表示はそれぞれ即日本人に到達した。もつとも被申立人塚越、同山下の両名については、その後米軍から同人らに対する人員整理による解雇の効力の発生日を同年五月一〇日に延期するようにとの要求が申立人に対してなされたので、申立人は、同年五月二日附書面をもつて右両名に対し、もし同人らが同意するならば、同人らについては同年五月一〇日に解雇の効力が発生するものとして取り扱うことにする旨を通知したところ、両名は右のような取扱をうけることに同意した。

このようにして、申立人と被申立人らとの間の雇傭関係は、申立人が被申立人らに対して昭和二九年七月七日にしたいわゆる保安解雇の意思表示がかりに無効であるとしても、前記仮処分決定後申立人のした予備的解雇の意思表示によつて、被申立人塚越、同山下については昭和三三年五月一〇日かぎり、被申立人染谷については同年六月一五日かぎり終了し(被申立人塚越、同山下は申立人からの同年五月二日附書面による通知に対して申立人の主張する予備的解雇の意思表示が撤回されることに異議のない旨を回答したことはあるけれども、申立人の主張するような趣旨の同意を与えたことはないと反論しているが、もしそうなれば、右両名と申立人との間の雇傭関係は昭和三三年四月一一日終了したことになる。)、被申立人らは以後申立人に対し雇傭契約にもとずく賃金の支払を求める権利を失うに至つたのである。

このような事情変更があつた以上、もはや前記仮処分決定は維持されるべきでないので、その取消を求める。

申立人代理人は、以上のとおり述べた。(証拠省略)

被申立人ら代理人は、「本件申立を棄却する。申立費用は、申立人の負担とする。」

との判決を求め、次のとおり答弁した。

被申立人らが藤吉一樹とともに昭和三二年一一月五日当裁判所に申立人を被申立人として、賃金支払の仮処分の申請をしたことその申請の理由が被申立人らについて申立人主張のとおりであつたこと、右申請につき当裁判所が同年一二月一九日申請の一部を認容すべきものとして別紙のような仮処分決定をしたこと、申立人が被申立人らに対し右仮処分決定に示された金員を支払つて来たこと、被申立人らがそれぞれ申立人主張の日時に申立人からその主張のような予備的解雇の意思表示をうけたこと、被申立人塚越同山下が申立人から申立人主張の日時にその主張のような予備的解雇の発効日を同年五月一〇日とすることについて同意を求められたことは、いずれもこれを認めるが、米軍が申立人に対し申立人の主張するような人員整理の要求をしたことは知らないし、申立人が主張するその余の事実はすべて否認する。

申立人の被申立人らに対する予備的解雇の意思表示は、次のような理由により無効である。

(一)、予備的解雇の意思表示なるものは、これを許すべき法律上の根拠がなく、本来なんらの法律効果も発生せしめえないものである。すなわち、解雇の意思表示が有効であるためには当該意思表示のなされる当時に雇傭契約が存在しているという前提がなければならないのであるから、前に一たん解雇の意思表示がなされた後さらに重ねてなされた解雇の意思表示が有効であるためには、前の解雇の意思表示によつて雇傭契約が終了したものとは認められない場合でなければならない。したがつて使用者が前の解雇の意思表示によつて雇傭契約が終了したと主張するのに対して、被傭者が当該解雇の意思表示の効力を争つている場合において、使用者が予備的にもせよ重ねて解雇の意思表示をすることが許されるためには、前の解雇の意思表示が確定判決により無効であるとされ、または少くとも使用者が右意思表示の無効であることを自認してこれを撤回することが必要なのである。もしも予備的解雇の意思表示というものを無制限に許す場合においては、これによつて生ずべき当事者間の法律関係の混乱は収拾するに由ないことになるのは必定であり、かかる予備的解雇の意思表示を有効とみるべき法律上の根拠はとうてい発見しがたいのであつて、このような意思表示は、無効であるといわなければならない。

(二)、申立人が被申立人らに対してした予備的解雇の意思表示は労働基準法第二〇条に違反し、無効である。

右のような次第であるから、申立人主張のように仮処分決定を取り消すべき事情の変更はなく、本件申立は理由がないものといわなければならない。

被申立人ら代理人は、以上のとおり述べた。(証拠省略)

理由

被申立人らが藤吉一樹とともに昭和三二年一一月五日当裁判所に、申立人を被申請人として、賃金支払の仮処分の申請をしたこと、その申請の理由が被申立人らについて申立人主張のとおりであつたこと、右申請につき、当裁判所が同年一二月一九日別紙のような仮処分決定をしたこと、申立人が被申立人らに対し右仮処分決定に示された金員を支払つて来たこと、右仮処分決定後申立人主張の日時に申立人から申立人主張のような予備的解雇の意思表示が被申立人らに対してなされたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

被申立人らは、申立人の被申立人らに対する右予備的解雇の意思表示は法律上の根拠を欠くものであるばかりでなく、労働基準法第二〇条に違反するものであつて無効であると主張するので、この点について考える。

(一)、原本の存在することおよびそれが真正にできたものであることについて争いのない甲第六号証、同第七号証の一、三によると、申立人が、被申立人らに対してした予備的解雇の意思表示は、その前に申立人から被申立人らに対してなされたいわゆる保安解雇の意思表示の効力の有無にはかかわりなく、右予備的解雇の意思表示以後における当事者間の雇傭関係を終了させるためになされたものであつて、将来において第一次解雇の意思表示の無効であることが確定されることに予備的解雇の意思表示の効力発生をかからせたものではないことが認められる。ところでこのような予備的解雇の意思表示は第一次解雇の意思表示が無効である場合にかぎつて法律上その効力が発生し、しからざるときには無意味なものであることが明らかである(この故にこそかかる解雇の意思表示は仮定的、予備的になされるのである。)けれども、予備的解雇の意思表示の機能が前述のようなものであることにかんがみるときは、予備的解雇の意思表示は、決して被申立人らの主張するように第一次解雇の意思表示がその表意者によつて撤回され、または裁判により無効と確定されない以上、これをすることができない、というものではないし、またこのような意思表示によつて、被申立人らのおそれるような当事者間の法律関係の混乱が生ずるとか、その他相手方に不当な不利益をもたらすとかいうことも考えられないのである。けつきよく、予備的解雇の意思表示が本来法律上許されないもので、なんらの法律効果も発生せしめえないものであるという被申立人らの主張は、独自の見解にもとずくものであつて、失当である。

(二)、申立人の被申立人らに対する右予備的解雇の意思表示において三〇日以上の予告期間がおかれていたことは、当事者間に争いのない右意思表示が被申立人らに到達した日時と各意思表示において解雇の効力発生日として指定された日時(被申立人塚越、同山下に対する解雇の効力発生日として当初指定された日時がその後申立人主張のような経過により延期されたかどうかはしばらく措くとしても)とを基準とする期間の計算からして明らかであるから、右予備的解雇についてはそもそも被申立人ら主張のような労働基準法第二〇条違反の問題を論議する余地は全く存しないのである。

このように、本件予備的解雇の意思表示が無効であるとする被申立人らの主張は、いずれも排斥を免れないのである。

ところで原本の存在することおよびそれが真正にできたものであることについて争のない甲第一号証、証人雨宮昭の証言により原本の存在することおよびそれが真正にできたものであることを認めうる甲第二号証から第五号証まで、弁論の全趣旨により原本の存在することおよびそれが真正にできたものであることを認めうる甲第八号証の一、二と上掲証言を総合するときは、申立人が被申立人らに対して予備的解雇の意思表示をしたのは、申立人の主張するような米軍の申立人に対する人員整理要求にもとずくものであつて、この要求に応じて申立人がその主張の基本労務契約の細目書I、H節に定められているいわゆる先任逆順の方法による人員整理基準にしたがつて整理該当者を選定したところ、被申立人らはいずれも、先に同人らに対して申立人からなされた保安解雇の意思表示が無効で、ひきつづき駐留軍労務者として申立人に雇傭されているものとすれば、右整理該当者の中に加えられるべき順位にあつたため、申立人は被申立人らに対しても人員整理のためにする解雇の意思表示を予備的にしたのであるが、その結果被解雇者の数は、米軍の人員整理要求数よりも多くなつたことが認められるところ、前掲甲第八号証の一、二および証人雨宮昭の証言によると、米軍が申立人に要求した前記人員整理は、軍の施設の閉鎖に伴う当該職場における駐留軍労務者の必要人員を算定してその余剰人員を解雇することを目的としたものであることが認められるので、被申立人らに対して申立人が人員整理のためにした解雇は、米軍の要求する整理人数を越えてなされたものであるにしても、右に述べたような余剰人員整理の趣旨に副うものであつたと解するのが相当である。なお、被申立人塚越、同山下に対して予備的解雇の意思表示がなされた後に、米軍からの要求にもとずいて申立人が右両名に対して、同人らにおいて同意するならば、解雇の効力の発生日を昭和三三年五月一〇日に延期すべき旨通知したことは、当事者間に争いがないところ、証人雨官昭の証言によると、右被申立人らは右のような延期に異議のなかつたことが認められる。

そうだとすると、申立人と被申立人らとの間の雇傭関係は、保安解雇の意思表示の効力のいかんを別として、前示仮処分決定後に申立人からなされた予備的解雇の意思表示によつて被申立人塚越、同山下については昭和三三年五月一〇日かぎり、被申立人染谷については同年六月一五日かぎり消滅するに至つたものであつて、以後被申立人らは申立人に対し雇傭契約にもとずき賃金の支払を求める権利を有しないことになつたものというべきであり、このような事情変更があつた以上、右仮処分決定中被申立人らに関する部分は取消されるべきものであつて、申立人の本件申立は理由があるから、これを認容することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条および第九三条を、仮執行の宣言につき同法第七五六条の二をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 石田穰一)

(別紙)

昭和三二年(ヨ)第四、〇八八号

決  定

東京都葛飾区小菅町一〇七番地 申請人 染谷金重

同都北多摩郡保谷町上保谷七一二番地 申請人 塚越京介

同都品川区西大崎一丁目二八番地 申請人 山下正二

同都大田区新宿町一五〇七番地 申請人 藤吉一樹

右申請人ら代理人弁護士 松本善明(外一名省略)

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地 被申請人 国

右代表者法務大臣 唐沢俊樹

右被申請人指定代理人 滝田薫(外三名省略)

右当事者間の昭和三二年(ヨ)第四、〇八八号賃金支払仮処分申請事件について当裁判所は、主文記載の限度において申請人らの申請を理由あるものと認め、次のとおり決定する。

主文

被申請人は申請人染谷金重、同塚越京介、同藤吉一樹に対し各金十万円、申請人山下正二に対し金八万円、及び昭和三三年一月以降、本案判決確定に至るまで毎月一〇日限り申請人染谷、同塚越、同藤吉に対し各金二万円、申請人山下に対し金一万五千円宛の支払をせよ。

昭和三二年一二月一九日

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 西川美数

裁判官 大塚正夫

裁判官 花田政道

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